マン・オン・ワイヤー|ストーリー

MAN ON WIRE |STORY

スクリーンによみがえった「史上、最も美しい犯罪芸術」

1974年8月7日、フランスの若き大道芸人フィリップ・プティが、当時世界一高いビルであったニューヨークのワールド・トレード・センターのツインタワーに鋼鉄のワイヤー(綱)を渡して、 その上を綱渡りで歩いた。

高さ411m、地上110階という巨大な2つの建物の間にワイヤーを渡して、その上を歩いたのだ。 命綱はない。これに気づいた警官が止めさせようと駆けつけたが、プティはそのまま45分もの間、ワイヤーの上で優雅に踊ったり、寝そべったりしてみせた。 その後、自ら逮捕され刑務所に入れられたが、最終的に釈放された。

許可なく綱渡りをするという違法な行為でありながら、プティのまるで夢を見たかのような綱渡りを見た当時の人々は、この事件を「今世紀最大の犯罪芸術」と呼んだのだった。


時代の雰囲気を変えたプティの綱渡り

プティがワールド・トレード・センターを綱渡りで渡ったのは、ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞任する前日。史上初めて大統領が辞任するという前代未聞の醜聞によって、人々の政治不審は頂点に達しようとしていた。また、経済的にも高度経済成長にともなうインフレが拡大、対外経済収支の赤字の増大に加え、60年代に泥沼化したベトナム戦争批判や人種差別問題など、これまで溜まっていた問題が噴出しはじめた時代でもあった。

そんなある日、NYのマンハッタンでいつものように出勤する人々の目を奪ったのがプティの綱渡りだった。はじめ、驚愕の目で見つめていた人々は、次第にこの若い大道芸人の挑戦を好ましいものとして受け入れ、路上は歓喜に沸いた。マスコミはこのニュースを久しぶりの明るい話題として大々的に報道し、フィリップ・プティの名はあっという間に世界を駆けめぐった。当時、ビルの大半が空き室だったワールド・トレード・センターも、これが宣伝となり、当日中に全室がテナントで一杯になってしまった。

フィリップ・プティが、その人生と芸術を語る唯一のドキュメンタリー

「なぜ、あんなことをしたのか?」プティが誰からも聞かれる質問だ。それに対してプティの答えはいつもこうだ。「理由なんてない。」

幼いころより周囲になじめず、5つの学校を退学させられたプティにとって、大道芸は自らの力で生きる術だった。しかも見た人を幸せな気持ちにすることもできる。いつの日か彼はリスクを抱えながらも、より高い目標への挑戦を始める。パリのノートルダム寺院、オーストラリアのハーバー・ブリッジ・・・etc。しかし、孤独だったわけではない。彼の周りには、いつも同じ目標に向かって助け合える仲間たちがいた。

仲間の1人ジャン・フランソワはこう語る。「確かに犯罪だ。でも卑劣じゃないし、むしろ夢を与えてくれる。」本作中では、当時プティを支えた仲間たち、また心ならずも裏切ってしまった仲間たちが、30年以上の時を経て登場し、当時の心境を回想する。プティ本人による回想も多く記録され、そのあたかもおとぎ話のような人生に、誰もが驚き、元気を与えられるだろう。


アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門をはじめ、数々の映画賞に輝く!

本作はサンダンス映画祭でワールドシネマ・ドキュメンタリー部門の審査員大賞(グランプリ)と観客賞をダブル受賞したのを皮切りに、全米・LA・NY・ワシントンDCをはじめとする全米各州の映画批評家協会賞を総なめにしたほか、英国のアカデミー賞最優秀英国映画賞、インディペンデント・スピリット・アワード、ナショナル・ボード・オブ・レビュー、放送映画批評家協会賞、サテライト・アワードといった主要な賞でも多数受賞をおさめた。

また、映画批評家サイト「Rotten Tomatoes」では、長編映画を含めたこれまでの映画の中でオールタイムベストワン(2位に『トイ・ストーリー2』)という、これ以上ないほどの高い評価を受けた。その勢いは止まらず、とうとうオスカーをも受賞。ジェームズ・マーシュ監督に舞台から名を呼ばれたフィリップ・プティが、オスカーを顎に乗せてポーズをとるというパフォーマンスまで披露した。


当時の映像と再現映像を巧みに構成したジェームズ・マーシュ監督

監督のジェームズ・マーシュはこれが長編3作目。今作では、ワールド・トレード・センターでの綱渡りの再現ドラマをメインに、プティの仲間たちが取りためていた当時の16mm映像などを多く織り交ぜ、彼らのインタビューを挟んで構成されている。緊迫感がただよう白黒で再現されたドラマ対し、70年代に撮られたフィルムはザラつきや傷があるものの、温かみがあり当時の空気感や風俗を伝えてくれる。プティの驚くべきパフォーマンスは勿論、中にはプティの綱渡りを目撃した警官のインタビューなど、貴重な映像も多く使用されている。

なお、マーシュ監督は、プティが夢を持って立ち向かったツインタワーに対する畏敬の念を込め、あえて劇中で2001年9月11日の同時多発テロには触れなかったが、各映画賞ではその点を評価する声も高かった。


プティ本人のアイデアで起用されたマイケル・ナイマンの楽曲の数々

常々マイケル・ナイマンの書く曲の世界観を愛し、綱渡りの際に流していたプティだったが、本作では実際にマイケル・ナイマンが代表的な楽曲を多く提供したことで、よりその独特の世界感を観客に伝えることが可能となった。その楽曲は、ナイマンの名を一躍高めたピーター・グリーナウェイ監督の一連の作品や、日本でも大ヒットした『ピアノ・レッスン』(93年)などの曲もある。また、映画のラスト、ツインタワーでの綱渡りの際には、エリック・サティの「ジムノペディ」が使われ、この驚愕の物語を穏やかな余韻とともに締めくくっている。